昨晩も暑く、下腹部痛と背中の張りと痒みで眠れなかった。
世の中はお盆休みで、あと一週間病院行きを延長するか思案していたが、とにかく調子が悪いのでそれを解明してもらいたく、飛び込みでも受け付けてくれる病院に夫の送迎で行った。
内科の混みあいは半端なかった。内科問診表記入。少し下痢をしていて、白っぽく、泡も見えた。かかるのは消化器内科。他にも気になる箇所、婦人科と泌尿器科。下腹部痛は私の考えでは膣炎になっているのでは、と思っていた。尿は1カ月ほど前からまっ黄色だった。サプリのせいだと思っていた。近所の内科診察では尿に血が混ざっているとのことだった。抗生物質を3か所からもらい、続けて飲んでいたものの、一向にすっきりしなかった。
病院での検尿はすぐに済ませた。結果が出るまで1時間は待つと書いてあった。
比較的空いている婦人科検査から始まった。異常なし。そのあとは泌尿器科と内科を行ったり来たり。
検尿をして2時間過ぎ、やっと内科の看護師から口頭での問診が始まった。
「どのくらい前からお腹が痛いの?」「1カ月半前。胃カメラを飲んで少し炎症ありと診断されましたが、薬で快方しません。」「なるほど。他に痛いところは?」「膀胱炎とか膣炎とか、下腹部がいたく、すっきりしません。」「背中が痛むことはる?」「あります。張ってくる感じ。」「私はあなたの普段の顔色を知らないけど、顔が黄色くなっている感じする?」「友人から顔色が悪いと言われました。自分でも普段から良い顔色とは思いませんが、今回はどす黒く感じます。」「なるほど。最近かゆくありませんか?」「もの凄くかゆいです!」看護師さんは私の目をアッカンベーして話を済ませた。質問は「的」を得ていてびっくりした。どうやら内科にジャストミートだったようだ。
また数十分待たされ、ここで血液検査となった。かなり数本とったと思う。のちに泌尿器科に呼ばれ、尿検査の結果を聞く。尿路感染症もないとのこと。残るは内科診察だけとなった。
いつの間にか午後になり、患者の数は減っていた。お腹も空いてしまったので、キャラメルとお茶を買った。
血液検査の結果が悪かった。先生は一番「ビリルビン値」を気にしていた。これが高いと黄疸が出て、すぐ処置をしなければいけない。今日は帰れず即入院ということになりそう、ということだった。次にもう少し詳しく調べたい、とのことで、CT検査と心電図を取りにいった。ひととおりの検査をしてもらえて、私は少し安心した。
検査を終えるころは16時を越えていたかと思う。誰もいない待合室で一人待った。会社、夫、弟に連絡。検査入院で1週間くらいかかるかもしれない。弟には父母の居たアパートの残務整理の約束が果たせないと伝えた。夫はすぐにビリルビンの値を調べていた。
診察室に呼ばれた。先生が2人、看護師が1人。若いインターンのような先生がPCを見ながら問診。ここ数日に痛みの様子などをPCに入力していく。その下には自分の血液検査の結果が出ている様子だった。すべて(-)となっていて、少しほっとしていたのもつかの間。そして本題の説明はベテランの先生からとなった。「血液検査の結果γGTPの値が1042、肝臓の値が高く異常値。CTでみると、ない異物が映っています。これは膵臓癌の可能性がある。そして肝臓にも2か所影があり、リンパにも転移がみられる。ただ、自分は専門分野ではないので、このあとキチンと消化器内科の先生に説明してもらうことになります。」優しい口調だった。
「えー、私がですか?」全く信じられず。ただ、膵臓癌と聞いたときに蘇ってきたのは義理の兄。彼も進行が早く、あっという間に亡くなった。沈黙の臓器、気がついた時にはもう遅い。それはよく知っていた。命のカウントダウンが始まったと思った。どうしよう。がん保険、あと3年して入ろうと決めていたのに。人生プランが狂う。本当?でも、こんなこと考えるなんて結構冷静。死ってどういうものだろう…思いを巡らせた頃、夫が来た。
「ごめん」それしか言えなかった。同じ話を再度先生から聞かされ、彼もショックだったと思う。
「詳しくは消化器内科の先生から再度話がありますので、入院の手続きをしましょう。今日来てくれて良かった」先生は優しかった。点滴をされ、部屋の準備にまた、待たされた。その頃、担当の先生が決まった。
しばらくして入院病棟に通された。夫がついててくれたのか、入院手続きをしたのかは覚えていない。
18時過ぎ、担当の先生から呼び出しを受け、夫と2人で会話室に入った。
「こんな若い先生?」20代の先生に見えた。先生の説明を聞くと、かなりわかりやすく、一つ一つ図解し丁寧に話してくれた。まずは胆管にステントを入れて胆汁を流れるようにする。そこで黄疸を取り除くことが先決。この処置は毎日のようにやっている。そしてチームで対応していくので安心してください。とのことだった。
膵頭部にできた癌は肝臓に転移もみられるので切除できないと言われた。ショックだったのは、一生癌と付き合っていくことになる、ということ。父と同じ。父と同じ道をたどるのか。
明日の16時、胆管にステントを入れて、胆汁の流れを通す処置をするとのことだった。「もう手術か」と思ったら胃カメラを飲むように口から器具を入れ、傷つけることなく臨時のステントを入れるということだった。翌週、本ステントが入る。
説明が終わり、部屋に戻ると夫が「なんでこんな頑張ってる奴をこんな風にするんだよ」と涙した。私も「ごめん」と何度も繰り返した。そしたら「ごめんは言わなくていいよ」と返された。「私は大丈夫だけど、あなたが心配。」ほんと、そう思った。残された身のほうが辛い。さて、私はあとどれくらい生きられるのか?
夫と別れ、私はぼーっとしていた。とりあえず家族に宛てる今の心境をメモした。
夫は息子と3時間話し合ったそうだ。帰りがけに、愛車も故障してレッカーに運ばれたそうだ。